Release date 2024.12.25
- アカデミーを修了してから、アナウンサーとして、講師としてキャリアを駆け上がる2人。アカデミー出身者からデビューした初の講師として、後進の育成に力を入れながらも、野球界のみならず、スポーツ界で活躍しつづける小園千加先生と河東優先生。「生徒時代から声で夢を叶えるまで」の2人の思いを言葉にしてもらいました。
アナウンサーの道へ
小園:私は2014年に入学しました。その頃、私は28歳で転職を考えていました。思い返してみれば、高校卒業後は野球の仕事がしたいと思っていましたが、当時はそういう専門の学校や募集がなく、諦めて就職したところがありました。野球の仕事が出来る道をインターネットで探したら、このアカデミーを見つけて、野球場でお仕事が出来るんだ!と思って入学しました。
河東:僕は2017年に入学です。大学卒業後、3年間サラリーマンをしていましたが、やっぱり好きな仕事をしたいということで、まずは勉強しなくてはと思いました。やるならスポーツ関係のアナウンスはしたいと思っていて、パソコンをたたいて見つけたのがこのアカデミーでした。
小園:野球が好きになったのは、小学2年生の時に夏の甲子園に連れて行ってもらって単純に「かっこいいな」と感じたのがきっかけ。そこから野球っておもしろいなと思い、大阪府の汎愛高校で野球部のマネージャーを務めました。人生に毎日野球があったらいいなと、過ごしていたなと思います。
河東:僕は小園さんと同じ小2が野球との出会い。野球を始めたのが小学2年生でした。高校野球までプレイヤーをして引退。ちょうどその時期、上重聡さん(元PL学園高校エース)が日本テレビに入社しアナウンサーに。そういう道もあるのかと思いました。
小園:アナウンスについては、高校野球の練習試合でしていました。元々、学校グラウンドのマイク設備がなく、私が入学した年にたまたま卒業生が寄贈してくれました。その年、清水次郎さん(元朝日放送アナウンサー)のアナウンス講座を受けたことがきっかけで、完璧なアナウンスをしたいと思いました。
河東:僕は高校までは投手、大学に入ってからアナウンス研究会へ入部しました。アナウンスに携われる機会を求めて、当時はラジオパーソナリティーなどをしていました。ただやはり野球が好きだったので、大学時代の特技は「一人神宮球場」。
柳沢慎吾さんのように、球場の雰囲気を再現するという技です!(笑)
アカデミーの「生徒」として学んだ
小園:自分に自信がなくて人前に立って話すとかも無理だしと思って生きてきたので、周りはすごいと焦りみたいなものは最初ありましたが、自分が望めばいくらでもたくさんレッスンを受けることができる。経験を積むしかないと思って、とにかくがむしゃらに場数を踏みました。結果、ちょっとずつ自信もついてきましたし、戦友として頑張っているメンバーがいるのも、一緒に成長を感じられる瞬間で楽しかったです。
河東:野球もやっていたし、正直「できるやろ」って気持ちで受けに行きました。初日、スコアやルールの授業で、藤生先生が講師だったんですが、「え、この人全然知識上やん!」ってなりました!代打と投手の交代、両方一遍に来たらどうする?という問題、そんなん考えたことがなかったわ!と衝撃でした。その時に、座学的な野球もちゃんとやろうって気合が入りました。
小園:現場に行くだけ失敗もあるけど、ブラッシュアップを繰り返して出来るようになってきたなと徐々に感じてきました。私はまずはスコアラーとしてデビューしました。まずは、アナウンスより得意だったスコアの方の技術を伸ばすために完璧にできるよう勉強しました。スコアラーの隣にはアナウンサーがいます。スコアラーのお仕事をしながら、いろんな先輩のアナウンスを聞けたことがとても貴重な勉強の時間でした。そこからアナウンスのお仕事も増えていきました。
河東:座学があってこそなんですが、現地の1回はすごい威力。僕は、受講中にスカウトをしてもらい、アカデミー期間中の2月中旬にプロ野球の専属アナウンサーを担当することが決まったんです。その時から、野球の見方が180度変わりました。座学で学んだことを現場で発揮できるというのはとても大きくて、修了するまでに絶対現場デビューをしてほしいと強くお勧めします。目の前に聞かせたい人がいる、場の雰囲気を感じてもらいたい。実地の1回が、座学をより意味のあるものにできると思います。
念願のアナウンサーデビュー
小園:まずはデビューできて嬉しかった。でもそこからがスタートだと感じました。最初はどこに行くにも緊張していた記憶があります。初仕事は独立リーグの公式記録員。アナウンスの初仕事も独立リーグのチームアナウンスでした。オーディションに受かって、教育リーグのアナウンスを担当しました。最初の頃は、少年野球やマスターズ甲子園三重大会、独立リーグなどのアナウンスを主に務めていました。
河東:僕は女子プロ野球がデビューの試合。最初はとにかくすごくしんどかったなと。人の前で話すというのは、あれだけ準備していろいろ覚えて、本当に大変という印象。撃沈したっていう言葉があうかもしれません。アナウンスというのは、声を出して伝えるだけではないということに痛感しました。最初はメリハリということも意識できていなかったので、全部全力で行き過ぎて、きっと聞きづらかっただろうなと振り返ります。理解するまでに1年くらいかかっていろいろ勉強していきました。
小園:私も実は女子プロ野球を担当していて、河東くんと一緒に京都フローラの専属アナウンサーをしていました。2018~2020年です。ホームチームを河東くんが、ビジターアナウンスを私が担当していました。イベントMCは河東くん、ヒロインインタビューは私、音楽演出は2人でやっていました。
河東:僕は女子プロ野球で最初にグラウンド上でのMCの時、「かとうゆうです」と自己紹介したら、当時埼玉アストライアで活躍されていた「加藤優さん」と全く同じ読みだったので、選手のみなさんが「嘘だ~!」とすごくつっこんでくれたのを覚えています(笑)
心に残るアナウンス
小園:女子プロ野球はとてもやりたかったので、最初はオーディションに落ちたんですが、受け続けて合格をして専属になれたことは嬉しかったです。
NPBでのアナウンスもしたい思いがあり、みやざきフェニックス・リーグ期間中、広島東洋カープの担当アナウンサーを経験できたことも印象的です。
NPBでのアナウンスもしたい思いがあり、みやざきフェニックス・リーグ期間中、広島東洋カープの担当アナウンサーを経験できたことも印象的です。
河東:栃木ゴールデンブレーブスで、海外から帰ってきて日本球界に復帰して初試合を迎えたムネリンこと川崎宗則選手のヒーローインタビューを担当できたことです。その日の夜の民放各局で自分がやったお仕事が初めてこんなに取り上げられたなと。昔から見ていた川﨑さんを目の前で見られたことや、初打席本塁打というのも衝撃でしたし、今までコツコツやってきてよかったなと思った試合でした。インタビューの模様は動画サイトで7万回を超える再生数になっています。
忘れられない仕事といえば、2021-22のVTV(Vリーグ中継)日本一を決めるファイナルの実況アナウンスのお仕事をいただきました。その年は、コロナウイルスの蔓延で試合がなくなってしまい、結局できなかったんです。これもある意味、印象に残っています。
成長した先に待っていた講師デビュー
小園:最初は球場でのレッスンでした。京都外大西高校の練習試合。アナウンスを始めて5年目くらいで講師デビューをしました。2019年には、大阪ベースボールアナウンスアカデミーや東京校の方にも行って座学講師を担当しました。
河東:僕も球場レッスンからで2018年が講師デビューでした。京都外大西高校での練習試合に生徒のみなさんと一緒に球場に向かったのを覚えています。座学は2020年の東京ベースボールアナウンスアカデミーでデビューです。
小園:一生勉強だと思っているので今も勉強しないといけないと思っていますが、今まで学ぶ側だったのが伝える側になり、自分の思っていることを伝えるのがとても難しいと感じました。いろいろな先生に教えてもらったのも取り入れて伝えつつ、自分の経験も織り交ぜて伝える。やはりアウトプットに対してかなりの勉強が必要だと感じました。間違えたことを教えたら絶対にいけないので、自分が仕事に行くよりももっと調べてから臨んでいます。
河東:人って説得力がない話って聞かないと思うんですよね。まずは自分が自信をもって言えるように理解しきることを始めました。教える前に、教えることを完璧にすることをまずは心掛けました。社会人生活で、新人研修をしていた時期もあったので、登壇することには慣れていたかなと思うので、自分の言葉にいかに説得力を持たせるかというところにフォーカスしました。
小園:印象に残っているレッスンは、独立リーグ・大阪ゼロロクブルズの球場レッスンです。到着した直後に雨で中止になりました。放送設備は使っていいと言われたので、試合をやっていないけどレッスンをしました。機材の使い方の説明、実際に球場に声を響かせることなど、座学ではできないレッスンだったと思います。
河東:少年野球の保護者の生徒さんが結構多いんですが、雑談の中で「息子同士が練習試合をしていましたね」など、野球界って狭いなぁと感じる会話がよく出ます。またこれも野球に携わっていく中で、おもしろい話だと思います。
今の2人
河東:現在は主に、プロ野球選手トークショーMC、野球やバレーの実況アナウンス、サッカー・JFLスタジアムMC、プロ野球・くふうハヤテベンチャーズ静岡スタジアムDJなどを務めています。
小園:先日は広島東洋カープ秋山翔吾選手の野球教室MCを担当しました。他には、独立リーグ・大阪ゼロロクブルズの専属アナウンサー、社会人野球・日本選手権でのMC、高校野球地方大会アナウンスや公式記録員も担当しています。
河東:目標は、テレビ中継の実況アナウンスをたくさんしていきたいです。今できることをコツコツと頑張っています。
小園:今ある仕事は継続をしたいと思っています。NPBのアナウンスにももっと携わっていけたらなと思います。
河東:アナウンサーとして活動していて「河東さんのアナウンスが一番かっこいいです」と、当時栃木ゴールデンブレーブスで東北楽天ゴールデンイーグルスに育成ドラフトで入団した石田駿選手に言ってもらったのが心から嬉しくて、今でも忘れない言葉です。
小園:私はファンの方に声を掛けてもらうことがとても嬉しいです。今年の夏、女子ユース大会の決勝で優勝インタビューをさせてもらいました。クラーク記念国際高校が優勝をしたんですが、ファンの方から「インタビューよかったよ」と声を掛けていただきました。ファンの方にお褒めいただく瞬間はとてもモチベーションになります。
受講を考えている人へメッセージ
河東:まずお伝えしたいのは、入っただけでは上達しないということ。大阪桐蔭高校に入学するだけでは野球はうまくならないですよね。入学をしていただいたら知らない知識をまずは学ぶことができます。その中で、先生を見たり周りを見て、上を目指せる環境に入れるということがアカデミーのいいところだと思います。まずはこの環境に身を置いて、頑張れる機会を自分で得に行くということをしてもらいたいです。
今までアナウンスを長くやってきた方でも、覚えていたことが違ったという方もいましたし、また、自分がどの位置にいるのか確認するにもいい機会になると思います。ちょっとでも気になった人は受講してみてはいかがでしょうか。
今までアナウンスを長くやってきた方でも、覚えていたことが違ったという方もいましたし、また、自分がどの位置にいるのか確認するにもいい機会になると思います。ちょっとでも気になった人は受講してみてはいかがでしょうか。
小園:「やらない後悔」「やる後悔」ってありますが、どうしようかなって悩んでいるということは、興味があってやりたいということだと思うので、経験してよかったと思えるアカデミーです。それぞれの夢を叶えたり、目標を達成できるように、私自身が経験したことを惜しみなく伝えたいと思っています。ちょっとでも悩んでいるんだったらぜひ受けて欲しいです。
2人:みなさんにお会いできるのを楽しみにしています。
小園千加(こぞのちか)
1986年3月3日生まれ。大阪府大阪市出身。
1986年3月3日生まれ。大阪府大阪市出身。
女子プロ野球の専属アナウンサーを歴任し、現在は少年野球からプロ野球まで幅広い分野で活躍。アナウンスだけではなく、公式記録員や音響演出、運営などの知識にも長けているため、ユーティリティープレイヤーとして様々な現場で活動している。クライアントからのリピーター率は弊社で1位を誇る。
河東優(かとうゆう)
1991年12月2日生まれ。兵庫県赤穂市出身。
1991年12月2日生まれ。兵庫県赤穂市出身。
赤穂高校時代は兵庫県ベスト8という成績をおさめ、投手として活躍。現在は、野球はもちろん、多くの競技の知識を保有し、SVリーグやBリーグ、Jリーグなど様々な競技での実況アナウンサーやスタジアムMCを務める。プロ野球選手トークショーの一流MCとして定評がある。